コラム

COLUMN

2025.02.22

ガーナ旅日記

【ガーナズオ村 前田家旅日記⑱【奴隷貿易の歴史 エルミナ城を訪れて】

今回、娘たちと共にどうしても訪れたかったのがガーナ南部の海岸沿いにあるエルミナ城。

西アフリカの海岸沿いには、いくつかの奴隷貿易の拠点となった要塞があり、エルミナ城はそのうちの一つです。

16世紀に金(ゴールド)の貿易から始まり、17世紀にはいると奴隷貿易として多くの黒人達が労働力としてヨーロッパ、ブラジル、アメリカ等に送られていきました。

その歴史はのちに奴隷廃止法が制定されるまでの約400年もの間続いたのです。
エルミナ城にはそんな悲しい歴史が刻まれています。

エルミナ城に着いた途端、海風と共にもわっとした熱風が襲ってきました。
外気温は37度。
ちなみに前日まで訪れていた北部タマレは43度。
どっちが大変かと一言ではいえないのですが、サウナに入っているようなじわっと重たい感覚は身体が慣れず、娘たちも体力がかなり奪われているようでした。


エルミナ城は、1482年にポルトガル人によって建てられて以降、オランダ、イギリスと所有者が変わりながら400年近く金と奴隷貿易が続けられてきた拠点。

1階には、男性と女性がそれぞれ収容されていた部屋があります。
逃げようとした男性は、このドグロマークの部屋に入れられて、真っ暗で窓もなく、灼熱の暑さの中、食べ物も水も与えられず放置されたそう。
それは「死」を意味します。


この部屋には女性が150人ほど、狭いスペース、ごつごつの床の上で寝起きをし、死なない程度の食べ物を与えられ、4隅に配置された入れ物に排泄物を入れ、シャワーも浴びられず、生理の時もそのまま垂れ流しという悲惨な状況だったそう。

娘たちに、「トイレもこの部屋で全部させられていたんだって!」と説明したら
次女が「エッ!じゃあこの今踏んでいるこの床にうんちとかおしっこがあったということ?」と床から足を浮かせました。
思わず「そこ?」と突っ込みたくなる反応でしたけど・・・(苦笑)
あまりの想像を絶する惨状に、平和な日本で生きてきた娘には想像が追い付かなかったのだと思います。

2階のバルコニーからはこの要塞を支配するヨーロッパ人たちが黒人の女性達を中庭に並べ品定めをし、レイプの対象になった女性のみ、井戸水でシャワーが浴びられたそう。

衛生環境の悪さからコレラなどの病気も蔓延し、マラリアや黄熱病でなくなる人も沢山いたそうです。
そして、亡くなったら海に放り投げられて終わりという人生。
想像できますか?


「帰れない扉」という「Door of no return」と呼ばれる扉の先は海。
エルミナ城で生き延びた人達は出荷されるかの如く海の上を船で運ばれていきました。
夫はこの部屋に入った途端に気分が悪くなったそう。
彼らはどんな思いでこのとびらを通ったことでしょう。

1階で奴隷として虐げられた生活をしている人たちがいる中、2階ではキリスト教のミサが行われていたといいます。

2階は、ヨーロッパ人たちの居住区。

1階とはうって変わって小ぎれいで気持ちの良い部屋と礼拝堂がありました。

「隣人を愛しなさい」と教えるキリストを賛美しながら、階下ではこのような人間の尊厳を踏みにじる行為が行われていたこと。
どんな気持ちだったのだろう。

そして、国内の同胞を武器と引き換えに売り飛ばしたのも、同じガーナ人。
多くの奴隷たちはズオ村のある地域、ガーナ北部から連れてこられたと聞きました。

サラガのバオバブという絵本には村の少年ダウダの人生を通して奴隷貿易のことが描かれています。
ぜひ読んでみてください。

【サラガのバオバブ】:作よねやまひろこ 絵 エドモンド・オパレ。新日本出版社

アフリカ工房では在庫が5冊のみあります。

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もうひとつ、皆さんが一度は聴いたことがあるであろう「アメイジンググレイス」の曲知っていますか?
ソウルミュージックの代表みたいな曲です。

この曲は奴隷貿易船の船長だったジョン・ニュートンというが作詞したと言われています。

奴隷貿易に携わった自分の行いの懺悔と信仰への目覚めを歌った歌詞といわれています。

実家の父はその意味を知る前からこの曲が大好きで、よくハーモニカで吹いていました。今でも亡くなった母のお墓参りには必ず墓前で父のハーモニカの演奏で娘たちがアメイジンググレイスを歌うというちょっと変わった我が家です(笑)

娘たちにとってこのエルミナ城訪問は、初めてのガーナでの刺激の最後になかなかヘビーなものだったとは思います。

次女は、「すごく空気が重くて怖かった」といいます。
奴隷として連れていかれた人達の無念や、苦しみなど見えないエネルギーを感じていたのかもしれません。

長女は、「なんでそんなことができるんだろう。人間てこわいな」と思ったそう。

本当だね。
でも、きっと人間だれしも闇と光を持っているのかもしれません。

戦争だって、残虐に人を殺す兵隊さんだって、家では良きパパであったりするんです。
だから、平和な世の中をつくるためには、私達一人一人が自分の良心と直感に従って自分自身でちゃんと考えて生きることが大事なんじゃないかと思います。

「みんながやっているから」「人に言われたから」「これが社会のルールだから」という生き方をしていると、また過ちを繰り返してしまう可能性がある気がします。

だから、子供達にもちゃんと自分の良心に従って、人の基準ではなく自分の基準で生きて欲しいなと思います。

日本に帰国して、駅で黒人の親子を見かけた長女と目が合いました。
「あの人達も今はアメリカに住んでいるかもしれないけれど、彼らの先祖はみんなあの扉を通ってきたんだよ。」と伝えると大きくうなずきました。

帰りに長女が「一度飲んでみたい!」といた念願のココナッツを路上で飲むことができました。
感想は「思ってたのと違った」でした(笑)まっそんなもんですよね。

 

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